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夕学レポート

2012年11月13日

原 研哉「HOUSE VISION―産業の未来を可視化するデザイン」

原 研哉
デザイナー、武蔵野美術大学教授
講演日時:2012年5月17日(木)

原 研哉

原氏は、自身のデザイナーの役割として、モノの形を設計したり、あるいは、広告のような、コミュニケーションを設計することだけでなく、様々な産業の可能性を「可視化」する役割にも力を入れてきました。産業の可能性とは、画期的な新製品の開発や、新たな社会やライフスタイルを生み出す「潜在力」とも言えるものです。原氏は、それを目に見えるイメージとして人々に提示し、実現のための橋頭堡となりうる、「ビジョン」を示すことに取り組んでいるのです。これは、いわば「社会構想業」とでも呼ぶべきものだと原氏は考えています。

例えば、数年前に開催した展覧会(TOKYO FIBER SENSWARE展)では、繊維製品の生産拠点がコストの安い東南アジア等に移ってしまい、生活者の眼からは見えなくなってしまった日本の繊維産業が、実は、繊維のハイテク化やインテリジェント化によって、様々な分野に応用できる、画期的な繊維製品を生み出していることを分かりやすく提示しました。

実際、高度な繊維製品は、人工血管、あるいは風力発電の羽根の内側など、目に見えないところに採用されているため、これを活用できるはずの多くの人が、こうしたハイテク繊維を生み出す優れた日本の技術力に気付かない。だからこそ、展覧会のような場を通じて「可視化」する必要があるのだそうです。

そして、原氏が近年、今後の産業の可能性、すなわち、「ビジョン」を提示するために着目しているのが「家(ハウス)」です。家は、住宅産業だけにとどまらず、様々な産業の「交差点」になるのではないかと原氏は主張します。例えば、個々の家で発電し、蓄電するといったことが進めばエネルギー産業との関わりが深くなっていきます。家電も単品ではなく複合化して「家」へと進化するでしょうし、センシングの技術の先には、人の身体との対話が大きなテーマとなってくるでしょう。日々の健康状態に関連した数値を家が自動計測してくれる技術などが進めば、医療分野とのかかわりも増えていきます。このように、家は、様々な産業分野の新技術、新製品が花開く場だと、原氏は考えています。

家は、大きく「スケルトン」(構造)と「インフィル」(内装)の2つに分かれます。スケルトンとは、柱や壁など、家の骨組み部分を指し、一方のインフィルは、部屋の間仕切りや各種設備などインテリア部分を指します。スケルトンは基本構造部分ですので、大きく手を加えることは困難ですが、インフィルに手を入れる、つまり、「リノベーション」と呼ばれる室内の根本改修(改装)には大きな可能性があるのです。これまで、日本の住宅のインフィルは、非常に画一的なものでした。かつて高度成長期に急激に高まった住宅需要に対応するため、限られた空間に大量の集合住宅を効率的に供給する必要があったからです。

しかし、現在においても、住宅の購入は「不動産」を購入するという側面が強く、多様化した価値観、ライフスタイルを反映した「家づくり」を実現するという発想はあまり強くありません。そもそも、家族や暮らしのかたちの変化が速すぎたために、私たちは、家づくりの方法を教わってこなかったのです。原氏は、個々人が、自らの価値観やライフスタイルを踏まえた家を構想し、それを具体化できる能力のことを「住宅リテラシー」と呼んでいますが、欧米の人々に比べると、日本人はこの住宅リテラシーが低いことを指摘しました。

少子高齢化が進む日本では、今後、新築件数の伸びはあまり期待できません。しかし、中古住宅の改修、とりわけ、前述したような多様な産業の新技術を取り入れたり、自由な発想で、個々人が望むライフスタイルを実現する「リノベーション」を促進すれば、「家」を軸とした大きな内需拡大の余地があると、原氏は考えています。というのも、現在の50代、60代は活動的であること、そして、国家予算の7倍とも10倍とも言われる預貯金の多くを持っているからです。これからは、成熟世代を中心として、住むことに対して大いなる創造性を発揮し、人生を仕上げていく、幸せの道筋を作ってほしいと原氏は期待しているのです。

基本的にはどんな家でも実現は可能です。例えばグランドピアノを部屋の真ん中に据えて、防音機能で気兼ねなく弾けるような、そんなピアノを中心とした家や、あるいは、家には寝るために帰るだけなので、リビングは省略し、寝室を思い切り広く取り、ホームシアターなどに力を入れた内装をほどこす、また、お風呂が好きなら、一日中気楽に、お風呂に入ったり出たりできるスパのような家にするなど、既存の一般的な規格、間取りにこだわらない、自由な家づくりの可能性を提示してくれました。

幸い、日本の伝統的な建築文化に育まれて、世界で活躍する優れた建築家、設計士が日本には数多くいます。もちろん、高度な工業技術も健在ですから、多種多様な家が次々と誕生するプレイヤー条件も揃っているのです。
「家」が様々な産業の交差点となって幅広い可能性を可視化する展示会、「HOUSE VISION」は、2013年春、臨海副都心・青梅パレットタウン付近で開催される予定で、準備は順調に進んでいるそうです。しかも、この展覧会はすでに、中国を始めアジアへの展開が予定されています。原氏が精力的に取り組む「HOUSE VISION」の成功をお祈りしたいと思います。

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