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夕学レポート

2017年04月10日

向谷 実 「好きなことをビジネスに変える~音楽と鉄道がいっぱい~」

向谷 実
音楽プロデューサー、株式会社音楽館 代表取締役
講演日時:2016年12月8日(木)

好きなことと役立つことを両立する

向谷 実今回は、ジャズフュージョン・バンド「カシオペア」のキーボーディストである向谷実さんのお話を伺った。「好きなことをビジネスに変える」というお話であったが、向谷さんのお話を聞いて思ったのは、その好きなことがきちんと他人の幸せに繋がっているということ。好きなことを追求する姿勢の中にも、自分と社会との繋がりを欠かしていないことに向谷さんの信念が伺えたような気がする。だからこそ、そのビジネスに対価を支払ってくれる人がいるという当たり前の話なのだけれど、この感覚をすべての経営者が持ち合わせているのかと言われると、そうでもない気がする。

向谷さんの経歴を少し紹介すると、そのことがより鮮明にわかるのではないかと思う。向谷さんは大学浪人中に塾の受験合格決起集会で「カシオペア」のバンドメンバーとの出会いを果たし、キーボードとしてバンドに参加。その後、その圧倒的な先進性と人気を背景に、優勝の手ごたえを感じていたコンテストの決勝戦で思いがけず失敗。メジャーデビューを目前に気を抜いたことで引き起こした失敗に、挫折を味わい、以後一つ一つの演奏を大切にするようになったという。プロになってからの「カシオペア」としての活躍は皆様ご存知のとおりである。

1985年に現在の会社「音楽館」を設立。当初はデジタルレコーディング(録音機材)をレンタルする事業を運営していた。当時はSONYの「3348」という型番のレコーディング機材がとても貴重かつ音楽業界の憧れの存在であったようで、これをなんとかSONYの営業マンから入手し、一時間3,000円でレンタル。スタジオ自体も24時間稼動させ、最終的に購入額の数分の一の高額で中古市場に売却した。憧れの存在という機材を利用して一種そこに熱狂する人々への価値を提供していたわけだが、向谷さんはここでまず、音楽に対する「好き」という気持ちをレンタルという形で社会に提供し、他の音楽好きを引きつけた。

さらに、向谷さんは自分の好きな鉄道という分野のビジネスを旗揚げする。特に鉄道運転手さんの体験ができる一般向けソフト「Train Simulator」が莫大な人気を博した。各路線版のゲームソフトが発売され、子どもから大人までが鉄道運転手になりきり、テレビ画面に映る、○○線の先頭車両の景色を追いかけながら、ゲーム機のコントローラーで鉄道を運転するまで加熱した。今まで、プロの鉄道運転手の訓練にしか使われなかった運転シミュレーターを一般向けに販売したことは世界初の試みだという。これでまた向谷さんは、自分の好きな鉄道を通じて、同様に鉄道好きのファンや子どもたちへ、憧れのビジョンを提供したことになる。

好調だったビジネスでも、受注が増えていくにつれて社員が多忙になったことを契機に、鉄道会社からの訓練機や博物館、海外の鉄道見本市への出展シミュレーターの製造を受注するようにビジネスの軸足を転換した。ここでの社会への提供価値は、日本のインフラ技術の海外輸出などが挙げられる。シミュレーターの設置により日本が出展する見本市のパフォーマンス性が大いに向上し、これが受注に繋がるきっかけとなる可能性があるのだ。また、近年は視覚障害者の方と共存できるホームの安全バーの商品化を進めている。現在のホーム安全ドアは視覚障害者の方の杖が触れると警報機がなり、鉄道の緊急停車を引き起こす可能性があり、彼らの外出を妨げているという。

以上のように、向谷さんのビジネスの軸は自分の好きなことと、周囲の幸せが一つに繋がっていることがよくわかる。この本質は仕事という枠や、好きなことという枠を越えても大切なようにも思う。自分が日々携わる仕事が、結果的に社会の役に立っているという感覚はとても大切なのではないだろうか。ニワトリタマゴの話だが、人の役に立っているということで自分の仕事が好きになれることがあるのではないだろうか。どんなに自分の好きなことをしていても、社会との繋がりなくして生きていける人はいないということもまた然りである。目の前の仕事に忙殺されていると忘れがちな感覚だけれど、どんな仕事にも通用する価値観だと思う。

(沙織)

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