夕学レポート
2023年10月17日
山尾 佐智子氏講演「ダイバーシティとインクルージョン」から「DEI」へ
“Japan Sends Male Minister to Lead G7 Meeting on Women’s Empowerment”――米タイム誌(電子版)は2023年6月26日、こんな見出しの記事を配信した。「日本、女性の地位向上に関するG7会合の仕切り役として男性大臣を派遣」といった意味だが、もちろんアメリカメディアらしい痛烈な皮肉だ。
そして記事に添えられた写真には「気まずい写真撮影」というキャプションがつけられた。イタリア、カナダ、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、EUの女性閣僚が並ぶ真ん中にただ1人、男性の小倉将信・男女共同参画大臣が立っている写真だ。
このG7に先立つ6月20日には、世界経済フォーラムが「Global Gender Gap Report(世界男女格差報告書 2023」を発表。日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中の125位で、前年から9ランクダウン。過去最低の順位となり最低記録を更新した。G7をみると、6位のドイツ、15位のイギリス、30位のカナダ、40位のフランス、43位のアメリカ米国、79位のイタリアと較べて日本は遥かに低い。アジアで見ても16位のフィリピン、49位のシンガポール、72位のベトナム、74位のタイには遥かに及ばず、105位の韓国107位の中国よりもかなり下だ。
日本企業がダイバーシティを意識し始めたのは日本経営者団体連盟が2002年に「原点回帰:ダイバーシティマネジメントの方向性」というレポートを出したあたりに端を発する。インクルージョンが言われ始めてからでも10年以上が経つ。
ダイバーシティ&インクルージョンマネジメントでフォーカスされるのは、女性活躍、外国人採用、障がい者雇用、LGBT配慮など。その中でも最も大きな人口ボリュームを占めるのが“女性”であり、まずそこから解決していくべきなのだが、20年以上経ってもその最初の一歩すらもままならないという日本企業の現状が、今や世界に広く知られてしまっている。
コンプライアンスとビジネスケース
こうした現状の日本企業に対して、北米等でのダイバーシティマネジメント研究の所産をベースに一石を投じるのが、今回の講師である慶應義塾大学大学院経営管理研究科の山尾佐智子准教授だ。英国マンチェスター大学のビジネススクールを経てオーストラリアのモナッシュ大学で経営学Ph.D.を取得後、メルボルン大学で8年間教鞭を取った後に帰国し、2017年より現職に就いた。
そんな国際的な学識を有しながらも、それを鼻にかけたような態度は一切なく、とても謙虚で上品な雰囲気の山尾准教授。講演中、ふと言葉に詰まってしまわれる場面が時折あった。それは恐らく、研究内容を英語で記憶されていて、それどう日本語にすれば良いか迷われたのであろう、一瞬迷った末にそのままカタカナ英語で続けられた。そんな様子からも在外期間の長さが垣間見えた。
山尾准教授は「現状、日本ではダイバーシティ施策がごっちゃになってしまっている」という。ダイバーシティ施策による多様化には実は2つの側面があるのだという。
1つ目は「雇用差別の撤廃と機会均等」という社会的公正をめざすコンプライアンスの側面。そして2つ目は「企業内でのアイデアの産出や意思決定の選択肢が増える」というビジネスケースの側面だ。
多様化のプラス面としては、コンプライアンス面でいえば、優秀な人材獲得に寄与し、社外に向けたポジティブなシグナル効果がある。またビジネスケース面でいえば、社内での相互学習を促進し、イノベーションや業績向上が見込めるようになる。
しかし諸刃の剣として多様化にはマイナス面もある。集団としてまとめるのが難しくなり、少数派に対する偏見を無くすのが難しいといったことなどだ。
多様化の効果は実証されていない!?
ここまでは想像の範囲だが、続けて山尾准教授は衝撃的なことを説明し始めた。
「多様化の効果は実証されているのかと言えば、フィールドワークも実験もなされているものの、実は明確な結論は出ていない」というのだ。
“チームメンバーの多様性とチーム業績”、“チームメンバーの多様性とイノベーション”、“トップマネジメントチームの多様性と企業業績”のいずれにおいても、単にデモグラフィック(人口統計的)に多様な人材を集めただけでは効果は見られないという。
それどころかマイナス面ははっきり検証されているらしい。
“デモグラフィック的な多様性はチーム内の亀裂を生みやすい(チーム内の諍いやチームからの離脱を招く)”とか、“チーム内で特定の人物が大きな影響力を持ってしまい、マイノリティ側になった人が意見を言いにくくなる(これをgroup thinkという)”とか、“チーム構成の在り方によって潜在的に亀裂を生みやすい状況(フォルトライン=断裂)が生まれる”といったマイナス面が知られているという。
このようにダイバーシティを機械的に満たすだけでは限界があるということで、多様性が効くようにするためのインクルージョン(包摂性)が求められるようになった。多様な顔ぶれのメンバーひとりひとりが「自分は受け入れられている」と実感できることが重要なのだ。
トップの本気度がDEIの成否を決める
さらに近年では、それだけでも不十分であることから、エクイティ(公平性)が言われるようになってきた。公平性とは何か。
山尾准教授は分かりやすいイラストを示したーー大人の肩くらいの高さのある塀の向こう側で野球の試合が行われている。塀の外側から、大人と少年と幼児がその様子を覗こうとしている。これまで重んじられてきた“平等”というのは、大人と少年と幼児それぞれに1個ずつの木箱(踏み台)を与えること。当然、大人は高い所から見物できるし、少年も何とか塀から顔を出すことができる。しかし幼児は向こう側を見ることはできない。
それに対して“公平”というのは、3個ある木箱(踏み台)を、大人には与えず、少年には1個、幼児には2個与え、3人ともが見えるようにするという概念だ。
このように多様性に対して個別的(1on1)に配慮し、個々の人材に合ったツールやリソースの供給と適用を行うというのがエクイティ(公平性)である。
これら「ダイバーシティ(D)」「インクルージョン(I)」「エクイティ(E)」のいずれにおいても、政府から言われ、法制化もされたからということで、コンプライアンスのために形だけ整えても効果は見られない。多様な人材からの学びや気づきによる組織的学習によってイノベーションや業績アップ、人材獲得などに繋げるというビジネスケースを“本気で信じて”取り組むことが、日本の組織には求められていると山尾准教授は言う。
北米の研究では「CEOが本気で多様性の価値を信じ、自らも行動している企業では、人事部門がダイバーシティ施策に熱心に取り組む傾向がある」と明らかになっている。トップの本気度がDEIの成否にかかっているのだという。
日本企業に風穴が開く日は来るか
冒頭でも書いたように女性活躍が遅々として進まない日本。先ごろも「女性版骨太の方針2023」が政府決定されたが、掛け声ばかりが虚しく響いている。
同様に障がい者雇用についても、我が国では真の意味のインクルージョンからは程遠い。民間企業における障がい者の法定雇用率は2.3%とされているが、2024年4月より2.5%、2026年7月より2.7%へ段階的に引き上げられることが決まっている。
しかし、大企業においては「特例子会社」と「グループ適用」という制度が存在し、企業が特例子会社において障がい者を雇用した場合には、親会社の障がい者雇用に含めてもよいとされており、それが企業グループ全体の障がい者雇用としてカウントできるのだ。最近では、企業が雇用した障がい者の作業現場運営を引き受ける“外注”まで現れるなど、実際の企業現場では、本業に直接携わらせない形での「法定雇用率達成」の姿が多く見られる。
インクルージョンどころか、企業本体の従業員の目の届かない場所(=特例子会社の中)で、本業とは関係ない作業のために障がい者を雇うことで、法定雇用率というコンプライアンスを満たしているのだ。もちろん障がい者に働く機会を提供しているという点では意味はあるが、ダイバーシティやインクルージョンとは真逆の方向性だ。
これまで北米の論文等で研究を続けてきた山尾准教授も、今後は日本企業の事例なども研究される予定だという。山尾准教授には是非とも、日本企業の厚い岩盤に挫けることなく、DEIという名の大きな風穴を開けていただくことを期待したい。
(三代貴子)
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山尾 佐智子(やまお・さちこ)
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- 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 准教授
津田塾大学国際関係学科卒業。財団法人海外技術者研修協会勤務、神戸大学大学院国際協力研究科修士課程(経済学)、英国マンチェスター大学ビジネススクールM.Sc.プログラム(国際経営論)を経て、豪州モナッシュ大学にて経営学Ph.D.を取得。2009年メルボルン大学専任講師、2014年テニュア取得、2016年上級専任講師。2017年より現職。
専門は国際人的資源管理論。
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