夕学レポート
2026年06月01日
藤原 和博氏講演「AI時代の戦略的生き方のすすめ~100万人に1人の存在になるための思考法~」
「AIに取って代わられる仕事」の記事をよく見かけるようになったので、逆にAIには難しい仕事、できない仕事を考えてみる。
筆頭はスパイ。泥棒、クラブのママ、競馬の騎手、警察犬やイルカの訓練士。トランプ大統領(アメリカ大統領ではない)というのもあり得そうだ。詐欺師はフィッシングメール被害の多さからしてもAIでも可能。しかし泥棒は侵入する家の外観、侵入の経路やタイミング、はては居住者と鉢合わせした時などの柔軟な対応が求められる。銀座のクラブのママに至っては相手が何を言わなくとも(=インプットがなくとも)諸々察して対応してくれそうだ。AIはインプットなしでは動けないが、こうしたプロの方々は「何が足りないか、何を求められているか」を相手の非言語的情報(表情やしぐさ、雰囲気、地位、職業など)からも総合的に判断してサービスしているのだろう。競馬の騎手や警察犬の訓練士も物言わぬ相手の気性、体調、体力、能力を判断して対応する。騎手はそれに加えて他の馬との駆け引きや勝負をかけるタイミングの見定めと、かなり高度かつ総合的な能力が求められる。ロボット騎手では盛り上がりの点も欠けそうだ。
つまり、相手をよく見る観察力、分析力、判断力、演出力、広範な知識に基づく高度で総合的な能力が「AIに取って代わられない仕事」と推測できる。だからといって皆がスパイやクラブのママに転職する訳にはいかない。藤原和博氏の講演で語られるものが何か、皆真剣に聴きに来ていた。藤原氏は「自分で回路を作る」「世の中とのつながり方を作る」ための話をするといって、ブレスト(ブレーン・ストーミング)と隣席の人とのワークを挟んだアクティブな講演スタイルを採った。少しワークが多いような気もしたが日本の正解至上主義を崩したい、(日本の教育で重視されてきた情報処理力ではなくて)アタマの柔らかさを示す情報編集力を育むためとのことで大変有益な講演だった。情報編集力とは、異なる要素を掛け算でつなげる力、仮説をいっぱい出して納得できるものに脳をつなげていける力のことだと定義する。ブレストで出された課題は「掃除ロボットのルンバに掃除以外のどのようなものが加わったら自分でも買うか」。藤原氏が指摘するようにブレストのメンバーも「掃除機能の進化」から抜け出せない人がいた。
体の機能はルンバのように(ロボットなどへ)アウトソースさせて、脳はAIなどにつなげていく。そうなると「人間とは何か」を考えることと同じだと藤原氏は語る。かつて夕学講演会で臨済宗円覚寺派管長の横田南嶺老師の話を聞いて同様のことを感じた。また情報編集力に関していえばイノベーターの濱口秀司氏やマザーハウス創業者の山口絵里子氏の「再度対象を捉え直す能力」「矢印を変える」と驚くほどの共通点がある。
「生きる力の逆三角形」として紹介されたそれは情報処理力、情報編集力、基礎的人間力の三つで構成されていた。基礎的人間力を育むのは半分以上が家庭教育だというので、残りは学校、友人、社会での人づきあいなどを通して身につけていくものだろう。確かに藤原氏が指摘するように情報処理力(正解を出す力)が日本では重視されているせいか、ここ数年とても気になっていることがある。対話の相手や面接官の態度が「人と接する時のノウハウ」そのものになっているケースが増えてきたことだ。特に若い世代に多い。ミラーリング、互いの共通点の強調、「良い警官と悪い警官」の面接法など。ベースとなる基礎的人間力で相手と向き合わずノウハウだけで対応するので上滑りしている。今回の講演で得た知識も咀嚼して自分の中で発酵させる必要があるのだろう。こうして三角形の図で示されるとよくわかる。
「稼ぎを上げる力」とは希少性だと藤原氏は断言する。それもマーケット・バリューのある希少性(確かにマーケット・バリューがなければ稼ぎは上がらない)。ユニークさを意識することは中学生くらいからした方が良いらしい。希少性を身につけることは自分自身の特性を意識することにつながっているようにも筆者には思える。情報編集力で必要となる発想力も結局のところ、何にどのように気づくかはその人独自のものだからだ。
横田老師は講演で一貫して「自分の人生を全うする」話を紹介した。自分自身であるということだ。稼ぎを上げるにはそれだけでは足りないだろうが、足場が自分自身の特性であることには違いない。「儲かっている職業」に自分を合わせるのではなくて自分自身に焦点を当てる。
藤原氏の講演を聴いた夜、巨人軍の阿部監督が長女に暴行を加えて連行されたとのニュースが飛び込んできた。父親とはいえ体格差のある酔った男性に胸ぐらをつかまれて押し倒されたら恐怖でしかない。長女がChat GPTに相談したことが注目されて「正解」しか出さないAIに相談することの是非が論じられていた。AIに複雑な状況判断は難しい。またAIも結構間違えた答えを出す。ただしそれは人間も同じだ。相談された人が必ずしも適切な解を示せるとは限らない。けれども人間にはその先の知恵もある。暴力事件による連行という痛ましいことが起きても家族や周囲を含めた皆で乗り越えようとする営みだ。簡単ではないけれどもAIにはない人間が持つ知恵であり、人間ならではの仕事だと思うのだがいかがだろう。
(太田美行)
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藤原 和博(ふじはら・かずひろ)
教育改革実践家・リクルート社初代フェロー・中学高校元民間校長・山梨県知事特別顧問

955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、そして1996年リクルート社初代フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。2008~2011年橋下大阪府知事特別顧問。2016年から2年間奈良市立一条高校校長として生徒所有のスマホを授業に活かし「スーパー・スマート・スクール(SSS)」化。隈研吾氏設計の「一条ホール」もプロデュースした。アクティブラーニングの手本となった「よのなか科」が『ベネッセ賞』、「地域本部(現在は地域学校協働本部として全国の公立学校の7割に波及)」が『博報賞』、食育と読書活動が『文部科学大臣賞』をダブル受賞し一挙四冠に。
本業は教育改革。学校に蔓延る「正解主義・前例主義・事勿れ主義」を排し、一斉授業を超える仕組みづくりに奔走。20年間の総決算が近著『学校がウソくさい―新時代の教育改造ルール』に結実。2022年から山梨県知事特別顧問として父の故郷の教育改革に参戦。隈研吾と共に「富士登山トラム計画」の応援団長にも就任。
65歳からオンライン寺子屋「朝礼だけの学校(あさがく)」を開校し、史上初生徒が全員先生の学校をプロデュース。攻撃を受けることのない安心なコミュニティとして評価が高い。
よのなかnet:https://www.yononaka.net/
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