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立花 隆 「科学ニッポン最前線」

2006年05月09日

立花 隆 評論家、ジャーナリスト >>講師紹介
講演日時:2006年4月6日(木) PM6:30-PM8:30

新年度となる2006年度前期の夕学五十講、第1回目の講師は立花隆氏。‘知の巨人’と称される立花氏がどんな深いお話をしてくれるのか、大きな期待を持って講演をお聞きしました。
さて、立花氏の講演は、「このままでは日本の科学技術に未来はない」ということをデータに基づいて説き、私たちに警鐘を鳴らすことが主な目的になっていたように思います。
では、日本の科学技術の何が問題なのでしょうか。


まず立花氏は、日本の「知的産出力」の弱さを指摘します。知的産出力は、毎年研究者が発表する「論文数」、およびその論文がどの程度他の論文で引用されたかという「引用数」の2つの軸でみます。知的産出力で圧倒的に強いのは米国です。論文数、引用数のどちらにおいても、EUや日本をはるか遠くに引き離しています。日本の場合、論文数ではEUを上回っていますが、引用数では負けています。論文が他の論文で引用されるのは、引用された論文が優れた内容を含んでいるからです。つまり、「引用数」は論文の「質の高さ」を表しています。したがって、日本の論文が引用される数が低いということは、「日本の論文は誰からも評価されないものが多い」ということを意味しているのです。
日本の論文の引用数が低い最大の理由は、日本語で書かれている論文が多いからです。世界では科学論文は英語で書くのがスタンダードです。立花氏によれば、例えばアジアの他の国では、科学は英語で書かれたテキストで学ぶことが多い。したがって、自然に論文も英語で書くことになる。ところが日本は科学技術用語をすべて日本語に翻訳してしまっているので、日本語で科学を学び、論文を書く。これでも日本内では通用するわけです。しかし当然ながら外国では日本語の論文は読まれない。これが引用数の少なさの背景にあります。
次に立花氏は、日本の場合、研究費の内容に問題があることを指摘します。研究費総額では米国、EUについで第3位、単一国家としてはEUを上回りますし、 GDP比では世界一です。ところが研究費の出所は、日本の場合約8割が民間、政府負担分は2割に過ぎません。米国では民間7割、政府3割、フランスに至っては民間4割、政府6割となっています。
この割合の意味するところは、日本の場合応用研究に大半のお金が回り、基礎研究はあまりお金が回らないということです。民間、すなわち企業の科学技術研究は利益につながるものを重視します。基礎研究より応用研究により多くの投資をするのは当然でしょう。科学技術立国を目指しているドイツやフランスでは、国が多額の研究費を拠出し基礎研究を充実させているのに、日本では行政改革による一律の予算カットにより、科学技術関連予算にもしわ寄せが出ています。つまり日本の基礎研究はさらに減っていく見込みなのです。これは科学技術の発展の地盤を掘り崩しているのであり、このままでは日本の科学技術創造立国は不可能である、というのが立花氏の見解です。基礎研究がもたらす技術のシーズ(種)の発見・発明が実用化され、利益を生み出すようになるためには10年から40年もの時間が必要です。早く成果を出すことを重視しすぎて、基礎研究をおろそかにすると、将来に大きなしっぺ返しをくらうということでしょう。
立花氏は、技術貿易の数字を示しながら、日本の産業の弱点も浮き彫りにします。技術貿易でも米国が圧勝なのですが、産業別の内訳を見ると、日本の黒字の大半は自動車が支えています。一方、コンピュータ、ソフトウェアでは大赤字。情報通信機器に日本は弱いのです。また、高付加価値を生み出す「航空宇宙」や「医療」においても日本は遅れています。少子高齢化が進む日本では安い労働力を強みにすることはできません。ハイテクなどの高付加価値産業を強くしていくしかないわけです。しかし、現状は上述の通り。
立花氏は、「ポスト自動車はあるのか」「危うし、日本国の未来」と厳しい現実を私たちに投げかけます。
さて、高付加価値産業を伸ばすために必要なのは「高度に知的な労働力」です。
立花氏は、これまでの日本の発展は現場の中堅技術者が支えてきたと言います。彼らの時代、ほぼ全員が物理、生物、化学、地学などの科学技術の基礎を学校で学んでいました。このおかげで日本の技術者は全般的に知的レベルが高かったのです。
ところが1980年以降、学校における科学関連科目の学習時間は大きく減らされています。例えば、小学校の理科の時間は1958年には合計628時間であったのに、1998年には350時間にまで減少しています。こうした教育面における変化が一流大学の学生でさえも簡単な数学問題が解けないという事態をもたらしています。また、機械工学を学ぶ学生がその基礎となる物理学を学んできておらず授業についていけないこと、企業では、文科系の管理者が科学技術に対する理解能力が低いために現場の技術者にバカにされるといったことがあちこちで起きているのです。
今、科学技術分野でも中国が台頭してきています。研究者数、研究費のどちらにおいても日本を凌駕していくことでしょう。立花氏は、日本が科学技術創造立国として隣国の中国を始めとする他国に伍していきたいなら、日本の教育水準の低下をなんとかしなければいけないと考えているのです。
立花氏のお話は、こうして日本の科学技術の危機的な現状を認識させる内容がメインでしたが、最近の科学技術の驚くべき進展ぶりについてもいくつか紹介してくれました。
立花氏によると、人間は「サイボーグ化」しつつあるのだそうです。これは、失った体の機能を機械で代替し、日常生活を送れるようになるということであって、昔、小説や映画で描かれたような「サイボーグ人間」的イメージではありません。
例えば耳が聴こえない人のために「人工内耳」が実用化されています。小さい頃に聴覚障害を発見しても、手術すればそれ以降はなんら平常どおりの生活を送ることができます。保険適用で当人の負担は数百円で済みます。現在人口内耳装着者は、日本で3千人、世界では6万人に達するそうです。
また、手が震えたり、思うように動かせなくなる病気「ディストニア」は、「脳のペースメーカー」と呼ばれる機器を脳内の特定部位に埋め込むことで、劇的に治癒するのだそうです。これもすでに500人ほどの手術例があります。
機械でできた腕、ロボットアームを神経につないで本物の腕と同じように動かせる技術も進んでいます。「人工の眼」も、今は百画素のものが開発されています。百画素では、ぼんやり見える程度に過ぎませんが、本物の目と同等の視力を持つ人工眼が実用化されるのも遠くないでしょう。
立花氏は、最後に「脳」には200億の細胞があると言われてきたが、それは大脳皮質部分だけのことであり、小脳部分には1千億の細胞があると推測されていること、また各細胞を連結する「シナプス」の数は兆のレベルであることを述べ、人間の頭脳には限りない可能性があり、学習によって能力がいくらでも伸ばせるという話で講演を終えました。
立花氏の豊穣な知識と情報力を駆使された説得力のある内容で、講演の2時間があっという間に過ぎていきました。

主要著書
立花隆・100億年の旅 3―脳とビッグバン生命の謎・宇宙の謎』朝日新聞社、2000年(2004年、朝日文庫)
脳を鍛える 東大講義 1―人間の現在』新潮社、2000年(2004年、新潮文庫)
脳を究める』朝日新聞社(朝日文庫)、2001年

推薦サイト
http://sci.gr.jp/ SCI(サイ) ―サイエンスの、最先端を。

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