KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2008年03月11日

香山 リカ「生き延びるために必要な心理学」

香山 リカ 精神科医、帝塚山学院大学 教授 >>講師紹介
講演日時:2007年12月10日(月) PM6:30-PM8:30

香山氏は大学で教鞭を取られてもいますが、普段は診療所の外来で患者さんと日々接しています。今回の講演では、この精神医療の臨床での経験も踏まえて、最近増加している「うつ」のお話を中心にお聴きすることができました。
香山氏によれば、精神科には「二大疾病」と呼ばれている病気があります。ひとつは「統合失調症」、もうひとつが「そううつ病」です。「統合失調症」は、以前は「精神分裂病」と呼ばれていましたが、近年、効果の高い薬が開発され治療方法が大きく進展したおかげで、それほど治療困難な病気ではなくなってきています。このため、ネガティブな響きのある「精神分裂病」という言葉では実態にそぐわなくなり、「統合失調症」と名称が変更されたのだそうです。


一方、「感情障害」とも称される「そううつ病」(気分が落ち込む、意欲や集中力が低下して社会生活が営めなくなる「うつ状態」が、「そう状態」よりも長引きやすい症状が顕著なため、一般には総称として「うつ病」と言われることが多い)は、正確には2つのタイプに分かれます。すなわち、原因がはっきりせず、香山氏の言葉で言えば“降ってくる”ように突然この病気にかかってしまうものと、仕事や私生活上のトラブルなどの明確な原因があって発病するものの2タイプです。以前は、自然発生的な前者を専門的には「内因性」、後者の原因が明らかなものは「心因性」と区別されていたそうです。ところが、目に見える症状としては大差のないこの2つのタイプに、同じ治療薬が用いられることから、あえて発症の原因で区別しなくなったということでした。治療することが目的である医療の観点からは、同じ治療で治るのなら、原因にこだわる必要性はあまり高くないからです。
さて、従来、統合失調症は青年期(20-30 代)の病気、一方、そううつ病は中年期(40-50代)に多い病気でした。しかし近年、30代でこのそううつ病、端的には「うつ病」にかかる人が増えているそうです。しかも、単に増えているだけでなく、症状のパターンが複雑化しているのが特徴です。香山氏によれば、それほどそううつの振幅が激しくなく、落ち込んでしまう日もあるけれど、誘われて外出できる日もあるといった軽い症状の方が増えています。
また、発病の原因がはっきりしていることが多く、趣味はできるけれど、仕事だとできないといった「状況選択的」なうつ病が増えています。以前ニュースにもなった話ですが、うつ病と診断されて休職していた公務員で、趣味の「射撃」はやれたので続けていたら、ある大会で3位入賞し表彰されたという人がいました。こうした人は、決して意識的に仕事をさぼろうと思っていたわけではありません。できれば、仕事もちゃんとしたいと願ってはいます。でも、実際には仕事となると体が動かなくなってしまうのです。ただ、だからといってこの人の同僚たちにしてみれば、「病気で休んでいるのに趣味にうつつを抜かすとは・・・」といった否定的な感情を抑えきれないもの確かでしょう。
香山氏はまた、若い人のうつの特徴として、周囲の人を責める傾向があることを指摘していました。以前のうつ病患者の場合、「自分が悪いんだ」という自責の念にかられることが多かったのに、今は、逆に他罰的な人が多く、攻撃的になりがちです。ある会社では、うつ病にかかった社員が、上司の悪口を全社員に一斉メールしてしまったり、社長に直談判したりして社内を混乱に陥れたというケースもあったそうです。さらに、不安感・焦燥感やイライラも強く、肩こりからパニック障害までさまざまな身体症状として現れることも増えています。香山氏によれば、このように若い人のうつ病が増加し、またその症状も複雑化している状況に対し、精神医療の現場ではどのような治療を行うべきかという点で混乱が起きているという現状だそうです。
香山氏はそもそも、現代には「うつ気分」が基底としてあるように感じています。誰もが憂うつな気分を多少なりとも持っていて、病気としての「うつ病」との線引きがあいまいになっているのです。香山氏は精神科医として病気の患者さんとずっと接してきたため、この人たちは病気だから元気がないのだ、あるいは塞ぎこんでいるのだと思っていたそうです。ところが、大学で教えるようになると、実はごく普通の大学生でさえ、小さいことですぐに傷つき、落ち込み、メソメソする姿を見てショックを受けたそうです。
香山氏は、現代は「情動優位」の時代だと喝破していましたが、最近は泣ける本、映画が話題になり、また漫才も根強い人気です。みな、泣いたり、笑ったりといった感情の変化をすぐに表に出すようになっているのです。ところが、一方で、不幸な境遇の相手の話を聞くと同情して涙を流すものの、「自分があの人の立場だったらどうしますか?」という問いかけに対しては、「自分はあの人ではないのでわからない」と平気で答える学生がいる。つまり、相手の気持ちを想像する力が低下しているようです。「情動優位」は、逆に見れば、知性を司る大脳皮質の働きが弱くなっているからだとも考えられます。自分の感情を理性によってうまくコントロールする能力を十分に身につけていない人が増えた結果が、うつの増加につながっているということのようです。
香山氏は、このような現状に、社会としてどのように対処すべきかということについては、正直に「なかなか難しい」ということをおっしゃっていました。まずは、私たち一人ひとりがうつにならないように注意することが必要です。もちろん、降ってくるようにうつになってしまった場合には、原因がわからないわけですから、虫歯を治しに歯医者に行くように治療してもらえばいいのです。また、最近、うつの治療に以前は用いられなかった「グループ療法」が取り入れられるようになってきているようですが、周囲の理解やサポート、そして十分なコミュニケーションをとることがうつからの脱出に有効のようです。
香山氏のわかりやすい説明のおかげで、あいまいな知識しかもっていなかったうつについて、理解が深まった2時間となりました。

主要図書
なぜ日本人は劣化したか』講談社(講談社現代新書)、2007年
「悩み」の正体』岩波新書、2007年
仕事中だけ《うつ病》になる人たち』講談社、2007年
40歳からの心理学』海竜社、2006年
老後がこわい』』講談社(講談社現代新書)、2006年

メルマガ
登録

メルマガ
登録