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河合 薫「『生きる力』を高めるリーダー術~手放したくない部下の育て方~」

2011年04月12日

河合 薫 東京大学非常勤講師・健康社会学者  >>講師紹介
講演日時:2010年12月9(木) PM6:30-PM8:30

大学卒業後、河合氏は全日空で、国際線の客室乗務員を経験し、その後、気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」で活躍されていました。現在は、保健学の分野で博士号を所得し、健康社会学者として大学などで教鞭を執ると同時に、執筆活動にも熱心に取り組まれています。
さて、河合氏が専門とされている「健康社会学」とはどういうものでしょうか。心身の健康を維持する・高めるということについて、心理学では、主に個々人の性格傾向などに着目します。「くよくよしやすい」「完全主義」といった個人が持つ特性のことです。そして、自分自身が強くなるためには、主に自分の内面、すなわちどのような心のあり方が望ましいかを考えます。一方、健康社会学では、個々人の内面だけでなく、外部の環境も考えます。河合氏曰く、「へなちょこでも生きていける」環境がどのようなものかにも着目するのです。


河合氏によれば、健康状態が悪化するような要因を「危険要因(Risk Factor)」、すなわち「マイナスの力」、と呼びます。逆に、健康を維持、あるいは強化できる要因を「健康要因(Salutary Factor)」、すなわち「元気になる力」と呼びます。この元気になる力のことを「生きる力」と言うのですが、この力は増やすことができると、河合氏は指摘します。
この生きる力について、河合氏は気象予報士らしく、お天気の話でわかりやすく説明してくれました。私たちが遭遇する困難なことや予期せぬトラブル、こうしたことから発生するストレスは、いわば人生における「雨」です。雨はいやなものですが、とはいえ雨が全く降らないのも困ります。土地がからからに乾いて、植物が生育できなくなるからです。私たちの人生も同じです。雨が降らなければ自分がからからになり、枯れてくるのです。雨が降るのはいやでも、いつか、必ず晴れます。そして、雨の後に植物が大きく育つように、私たちも、困難を乗り越えることで成長することができると河合氏は言います。
ただし、雨にずぶ濡れになると、カゼをひいたりして体調を壊します。そこで、「傘」をさす必要があります。この傘こそが生きる力です。生きる力という傘を使ってストレスを緩和しつつ、乗り越えていくという意味です。
この傘は、自分の心の中では、「楽観的である」といった性格傾向、「自分はできる」といった自己効力感などのことで、外においては、支えてくれる仲間、励ましてくれる上司といった人たちのことです。つまり、自分の傘、さらに、他人の傘を借りることで、人生の雨を乗り切っていく、そして人間としての成長を果たすことができるというわけです。
生きる力は、健康社会学では、「ストレス対処力(Sense of Coherence、以下「SOC」)」と呼ぶそうです。SOCは、直訳すれば「首尾一貫感覚」となります。これは、「自分を取り囲む環境は、信頼できるものであり、自分を裏切ることのない頼れるものだ、という確信を持っていること」だそうです。
SOCは、環境の中で育むことができます。幼少時は親子関係においてSOCを育むことができますし、社会人においては職場の上司・部下の関係において、SOCを高めることができるのです。つまり、ビジネス環境においては、上司が部下のSOCを高めるために様々な働きかけができるというわけです。
では実際、上司が部下にどのように働きかければいいのでしょうか。河合氏はまず、SOCを高めるために重要な、以下の3つの感覚を教えてくれました。
・有意味感
・把握可能感
・処理可能感
「有意味感」とは、今の自分の仕事をやること、また様々な困難、ストレスを乗り越えることが、自分にとって意味があると感じることができるかということ。「こんな仕事、意味ない」と感じていたら、仕事に身が入りません。実は、河合氏も客室乗務員の新人時代に、その見かけの華やかさと裏腹の、地味な仕事に「やってられない」という気持ちになったことがあったそうです。しかし、会社の人たちから、「大変だよね、でも君たちががんばってくれるおかげで、全日空は海外にフライトを飛ばせるんだよ」などと励まされたおかげで、どんな地味な仕事でも会社の役に立っている、お客さんのためになっているとわかって、有意味感を取り戻すことができたのだそうです。ですから、上司は、折に触れて部下に声をかけてあげることです。「がんばってるな」「やってるか」と部下を激励することで、彼らの仕事には意味があることを感じさせるようにするのです。
「把握可能感」については、どんな雨なのかを自分で把握できることです。つまり、自分が遭遇したトラブルなどの大変さ、ストレスの大きさや種類を自分で予測したり、想像できれば、どんな傘をさせばいいのかを判断できます。想像できないストレスは、実際以上に人を不安にします。ですから、上司は、困難な仕事に不安を感じている部下に対しては、「心配するな、俺が責任取ってやる」と、しっかりとした傘を貸してあげることです。そうすれば、部下は安心してその仕事に立ち向かっていけます。
「処理可能感」は、自分はこの雨の中を歩いていくことができる、つまり困難を乗り越えることができるという確信・自信を持てることです。これもまた、経験の少ない若い部下ではなかなか持ちにくい感覚でしょう。上司としては、「お前ならできる」という言葉で部下に「やれる」という自信を与えてあげることです。
さて、河合氏は、人生の上でしばしば遭遇する困難な出来事に対して、「深い諦め」を持つことを提唱します。深い諦めとは、悪い意味ではありません。人生はらせん階段のようなものです。ある困難を乗り越えたと思ったら、しばらくして別の困難がやってきます。しかし、私たちは、困難を乗り越えるたびに少しずつ成長し、上に向かっているのです。同じところをぐるぐる回っているわけではありません。つまり、「人生はそもそもこんなものだ」と割り切り、がんばって雨の中を歩いていればいつか晴れる、つまり「どうにかなるもの」と考えることが、SOCを高め、厳しい人生を乗り切る上で大切なのです。
最後に、河合氏は、上司と部下の間の「心と心の距離感」を短くする方法について教えてくれました。心と心の距離感が近いほど、お互いに頼れる存在として、雨の時の傘として役立つことができます。心と心の距離感を短くするために、明日からでもすぐに実行できる方法は、ひとつは「挨拶」です。
最近の若者はなかなか自分からは挨拶できません。それなら上司から積極的に「おはよう」と言ってあげることです。ある会社では、上司から率先して挨拶するようにしたところ、3ヵ月もすると部下からも挨拶してくるようになり、また、会議での発言が活発化したそうです。その会社では、上司という立場で部下を見るだけなく、1人の人間として部下を感じられるようになったということを上司の方は話されていたそうです。
もうひとつの心と心の距離感を短くする方法は、「むだ話をすること」です。以前は喫煙室、あるいは給湯室が、格好のむだ話をする場所になっていましたが、どちらも最近の職場では減りつつあります。また、セキュリティが厳しくなり、他の部署に気楽に入っていくことも難しくなりました。それでも、仕事の合間に、ちょっとした時間を見つけて、部下と気楽な会話を交わす。仕事と関係のない話や雑談をすることが、会社における立場や役割を超え、個人としての距離感を短くすることに役立つのです。
河合氏の具体的なアドバイスは、早速職場で活用できそうだと感じられた受講者の方が多くいらしたのではないかと思います。

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