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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2006年07月05日

「“言霊”としてのULTIMATE CRUSH」 清宮克幸さん

3週間程前のことでしょうか。「きょう、そちらの事務所に伺ってもいいでしょうか」というお電話が清宮監督自身からありました。なにか粗相をしてしまったのか、と一瞬青くなりましたが、「ご相談したいことがあるので…」とのこと。
MCCのオフィスに現れた清宮さんが相談されたのが、清宮さんが代表を務めており、きょうの講演でも紹介された「奥-井ノ上3rdメモリアルフォーラム」の案件でした。必要だと判断したら躊躇せずに即行動する。そのフットワークの軽さに、何かの記事で読んだ関東学院大学ラグビー部春口監督が語る清宮監督にまつわる逸話を思い出しました。
2001年低迷を続ける早稲田ラグビーの復活を期して監督に就任した清宮さんが、まずやった事は、横浜市郊外にある関東学院の練習グランドに単身乗り込み、練習試合を申し込むことだったそうです。春口監督と清宮監督は旧知の仲だったとはいえ、伝統ある早稲田の監督が自ら新興チームを訪れ、試合を申し込むということは、従来の常識では考えられなかったことだそうで、春口監督は、その行動力と柔軟性に「清宮早稲田」への脅威を感じたとか。その予感どおり、以降、両大学は大学ラグビー日本一をめぐる熾烈な戦いを繰り返しすことになりました。


講演では、監督を引き受けた頃の早稲田の惨憺たる状況、選手達の激しい抵抗、いくつかの印象的なエピソードや失敗など、5年間の思い出を振り返りながら、清宮監督が強いチームを作るために、何を考え、どうしたのかをご紹介いただきました。心の残る話がいくつもありますが、私が印象に残ったのは、清宮ラグビーの代名詞と言われた「ULTIMATE CRUSH」というスローガンの開発秘話です。
「1つのプレーに徹底してこだわり、相手チームが手も足も出ないほど圧倒的に勝つ。早稲田が通った跡はペンペン草も生えない状態にする」清宮監督がイメージした新しい早稲田ラグビーは、伝統的なオープン展開ラグビーではなく、もっと力強く、激しいものでした。それを選手、スタッフ、ファンと共有化するための「言葉」をどうしても欲しかった清宮監督が頼ったのが、ラグビー部の先輩で当時イギリス駐在の外交官だった奥克彦さん(故人)だったそうです。
関係者が集まり、イギリスのホテルで何時間もかけて議論し、奥さんの口からようやく紡ぎ出されたのが「ULTIMATE CRUSH」だったそうです。このスローガンはまたたく間ににチームに浸透し、選手達がプレーで「ULTIMATE CRUSH」を具現化した成果が早稲田ラグビー黄金時代の礎になったということです。
古代から「言霊」という言い方があるように、「言葉」に強い意志が込められた時に人を動かす霊的な力が働くと言われています。「ULTIMATE CRUSH」という「言葉」には、イラクで凶弾に倒れた奥さんが後輩達に託した遺志の力が働いているということでしょうか。
そんな熱い男達の志に賛同して、「奥-井ノ上3rdメモリアルフォーラム」に慶應MCCも協力することにいたしました。来期の「夕学五十講」の一コマとして実施していきたいと思います。是非ご期待ください。

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