小林喜一郎(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授)
2021年11月09日
慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。
- 小林喜一郎(こばやし・きいちろう)
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- 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 ビジネス・スクール教授
- 慶應MCC担当プログラム
1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください
- 『イノベーションへの解』翔泳社
- クレイトン・クリステンセン & マイケル・レイナー(著)
- 玉田俊平太(監修)、櫻井祐子(訳)
- 2003年12月
- Bower, J. L., and C. M. Christensen. “Disruptive Technologies: Catching the Wave.” Harvard Business Review 73, no. 1 (January–February 1995): pp. 43–53.
- “Hewlett-Packard: The Flight of the Kittyhawk (A)(B),” Clayton M. Christensen, Harvard Business School Publishing, Rev.2006.
- Robert Burgelman, Clayton Christensen, and Steven Wheelwright, Strategic Management of Technology and Innovation, International Edition, McGraw Hill, 2003, pp.732-744.
邦訳:ロバート・A・バーゲルマン/スティーヴン・C・ウィールライト/クレイトン・クリステンセン編著『技術とイノベーションの戦略的マネジメント』(上)(下)巻、翔泳社、2008年、下巻 pp.86-97。 - 『イノベーションへの解』
- 著:クレイトン・クリステンセン & マイケル・レイナー ; 出版社:翔泳社; 2003年12月
2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?
2003年にこの書籍に出会いました。それ以前にも1997年に原著英語版でクリステンセン教授の大ベストセラー『イノベーションのジレンマ』(日本語訳は2000年出版)、並びにハーバード・ビジネス・レビューのクリステンセン教授とジョー・バワー教授共著の初出論文「Bower, J. L., & Christensen, C. M. (1995). Disruptive technologies: Catching the wave.」[1]を読んでおり、破壊的技術(Disruptive Technology)概念の現実事象への説明力の高さには注目しておりました。あえてこのシリーズの第2弾書籍を選ばせていただきましたのは、その概念をさらに精緻化・発展させているからです。
3.どのような内容ですか?
前作の『イノベーションのジレンマ』では、クリステンセン教授の「なぜ今まで市場をリードしていた大企業が、成熟市場において敗れるのか?それはお客の言うことを聞いていなかったからではない。むしろ聞きすぎていたからである」という問題意識に衝撃を受けました。成熟化とはコモディティ化が進むことですが、その中でオーバースペックになりすぎるがゆえに売れなくなってしまう現象を、破壊的技術(Disruptive Technology)概念で説明されました。本書籍ではされにそれを「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」の2つに細分化され、さらにそれを防ぐための一つの方法論としてジョブ理論として有名になる「顧客の用事に着目した事業の定義」の必要性を説いており、ビジネスへの適応力のある実践的理論書として目から鱗が落ちる思いでした。
おそらくは教授のボストン・コンサルティング・グループにおける経験から、実務に適用できる理論でなければ意味が無いという信念に基づかれた研究成果ではないかと思います。本書籍はその後多くの研究者や実務家に影響を与え、私自身も日本語版で解説を担当したゴビンダラジャン&トリンブル著の『リバース・イノベーション』の、新興国のローエンド市場参入戦略にもつながっています。さらにはタッシュマン教授とオライリー教授の書籍『両利きの経営』での組織論にも発展していったと思います。
4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?
私が11年間の実務を経てビジネススクールの世界に入ったのが40歳の年でしたが、その後の教育・研究対象としてイノベーションに興味を持ったのも、これら一連の著作のお蔭でした。以後、「なぜリーダー企業が敗れるのか?」「環境変化に企業が適応できないのは何故か?」「イノベーションを達成できる企業とできない企業の差は何か?」といった問題意識のもと、イノベーション事象や理論の研究を重ね、教育に携わってまいりました。クリステンセン教授が作られた「ヒューレット・パッカード:キティ―ホーク」[2]のケースは破壊的イノベーションを考えるケースとして今でも使っています。
また私が研究生としてハーバード・ビジネス・スクールに居りました90年代後半、TOM(Technology and Operations Management)という部門で研究生活をしていたのですが、その時にクリステンセン教授は様々な疑問にも丁寧に答えてくださり、非常に包容力のある教授であったことを懐かしく思い出します(教授は2020年逝去)。驚いたのは突然日本語でお話しされたこと、また韓国語もお上手だそうで、何でも出来る人だなあとすごく感心しました。私がナレッジの移転方法について議論するために作成したハーバード・ビジネス・スクールの共著ケースを、クリステンセン教授の監修された書籍[3]に事例としてそっくりそのまま入れていただいたことも、大変感謝しております。
まさに私がイノベーション事象に興味を持ち、その分野での研究と教育の道を切り開いてくれたのがこれら一連のクリステンセン教授のイノベーション関連書籍であったと思っています。
5.この本をおすすめするとしたら?
本書籍は私のビジネススクールの「競争戦略論」という科目の中の1参考書籍として、今でも使っております。また大企業、特に製造業にお邪魔すると、「新興国でうまく売れない」とか「技術的に優れたモノ・良いモノを作っても市場に受け入れられない」という声をよくお聞きします。そのような時には、イノベーションというのは技術的なブレークスルーを指すのみではなく、このようにローエンドから這い上がって従来のビジネスモデルを破壊するようなイノベーションも大切であるという教訓として、この概念を説明に使います。もちろんこの書籍は非常に有名なため、企業の殆どの方は実はご存じなのですが、頭で分かっても実行できないケースが多く見られます。その場合にも製品ブランドや組織や評価方法を変える、など多くの現実的示唆のある対処法を教授は仰っておられます。新興国への進出、オーバースペック課題への対処、ビジネスモデル・イノベーションの具体的方法として、いまだに有効な理論であると考えています。
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Vol.231[2022/5/10]
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★┐INDEX
└┼───────────────────────────────
│1.ピックアップレポート
│ 石山恒貴『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』
│2.私をつくった一冊 楠瀬誠志郎
│3.夕学レポート
│ 石山恒貴「ジョブ・クラフティング~ミドル・シニアの仕事の再創造~」
│4.今月の一冊 甲斐みのり『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』
│5.慶應インフォメーション
┼────────────────────────────────皆さま、こんにちは。
慶應MCC通信【てらこや】編集局 いまい・ゆかわです。よい季節の連休を皆さまいかがお過ごしでしたでしょうか。
東京駅が慶應MCCの最寄駅です。帰省や旅に出かける方、いらした方が
大勢行き交い、久しぶりの混雑に驚きつつ、活気をうれしく感じました。さて、【てらこや】5月号をお届けします。
多くのビジネスパーソンが罹ると言われる「ミドル・シニアの憂鬱」。
なぜ多くの40代がモヤモヤするのか、その要因を明らかにするとともに、
停滞感、閉塞感から脱し、仕事のやりがいを高めて幸せに生きる方法を
つかむ「ジョブ・クラフティング」を紹介します。シンガーであり、agoraでは発声表現のワークショップを担当いた
だいている楠瀬誠志郎先生からは、一冊と合わせて18歳の時に
出会った「一曲」もご紹介いただきました。今月のピックアップレポートでご紹介した石山恒貴先生の講演を
爆風スランプの『45歳の地図』とからめて解説します。
労働力人口の55%以上を占める世代が活躍し続けることは、個人だけでなく
組織にとっても非常に重要なことなのです。書名の「東京のおいしい名建築さんぽ」と聞いて、2年前のTVドラマを
思い出した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
その原案となった一冊です。
ちょっと足を延ばすだけで、これほど多くの歴史的建築物(とグルメ)
に出合えることに驚きます。それではVol.231をお読みください!
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│1│ピックアップレポート:ビジネスに効く「知」のサプリメント
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石山恒貴
『会社人生を後悔しない 40代からの仕事術』
─────────────────────────────────◆私の会社人生、これでいいのだろうか?◆
私が社会人キャリアをスタートさせたのは、日系の大手電機メーカーでした。
その会社で人事部に配属されて以来、私は長らくのあいだ「人と企業」
に関わる実務に携わってきました。企業内の人事担当者として現場を見ていたときも、そして、研究者として
「働く人」と「組織」の問題を考察するようになってからも、私には
ずっと気にかかっている問題がありました。「なぜ、たくさんの働く人が、ミドル・シニア期に『停滞感』を味わうのか?」
▼全文を読む
https://kae.me/3vVrYmP┌─┐━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
│2│私をつくった一冊
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楠瀬誠志郎
(音楽プロデューサー、発声表現研究家、作編曲家、シンガー、
楠瀬誠志郎 こえの学校 Breavo-para主宰)
─────────────────────────────────・『歌の贈り物』(原題:I Write The Songs)
ブルース・ジョンストンロジックとテクニックがアメリカの音楽を構築していた1970年代中期。
彼は音楽は精神性から生まれ人の心に宿ると提唱した作品。・『ちいさいおうち』
バージニア・リー・バートン
石井桃子(翻訳)大好きだった自分のお家が高度成長と共に時代に追われその土地を
離れなくてはならなくなった。しかし、想いは離れられない。
再びその想いを取り戻すお話し。▼全文を読む
https://kae.me/3wfGV22┌─┐━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
│3│夕学レポート:時代の”潮流と深層”を読み解く
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石山 恒貴
法政大学大学院政策創造研究科 教授
「ジョブ・クラフティング ~ミドル・シニアの仕事の再創造~」
講演日:2022年4月19日(火)
─────────────────────────────────みなさんこんにちは。「ミュージック・リフレクション」の時間です。
毎回、一曲の歌詞を掘り下げるこの番組、前回は尾崎豊の『十七歳の地図』
を取り上げました。当時、尾崎は正真正銘の十七歳。そこには青春を悩み
生きる等身大の青年の姿がありました。
さて今回取り上げるのは、爆風スランプの『45歳の地図』です。
作詞とボーカルを担当するサンプラザ中野の45歳の時の作品、では
ありません。会社に人生を捧げた中年サラリーマンの悲哀を歌った
この曲に、当時29歳のミュージシャンである中野の姿はありません。
ではなぜ、主人公は「45歳」だったのか。▼全文を読む
https://kae.me/3snqsHQ┌─┐━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
│4│今月の一冊
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甲斐 みのり『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』
─────────────────────────────────大切な人と行くレストラン、カフェ探しに悩む。
お出かけコースがマンネリ化してきてつまらない……。
そんな時は、名建築、しませんか?名建築と言われる洋館やビルは意外と身近な街中にあり、
ホテルやレストラン、文化会館や美術館として人々を迎え入れています。
知らずに入って、パッと食べてサッと出てしまったレストランが
実は名建築だった、なんてことがあるのです。▼全文を読む
https://kae.me/3N1PiVx┌─┐━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
│5│慶應インフォメーション:「学び」のための慶應義塾関連情報
└─┘………………………………………………………………………………
詳細情報や問合せ先などは各Webサイトにてご確認ください。
─────────────────────────────────◆慶應義塾大学アート・センター
「スタンディング・ポイントIII ハンネ・ダルボーフェン」
https://kae.me/39CSnwT
5/9(月)-6/24(金)11:00-18:00 ※土日祝休館
慶應義塾大学アート・スペース (三田キャンパス 南別館1階)
予約不要・入場無料◆慶應丸の内シティキャンパス
●ビジネスプログラム
https://www.keiomcc.com/program/【経営戦略】
〇企業を強くする経営戦略論―立案実行力へつなぐ(ハイブリッド)
https://kae.me/3iBvQlj
6/2(木)開講・7回【マーケティング】
○ビジネスプロフェッショナルのマーケティング戦略(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3LkN7fB
6/9(木)開講・6回〇ビジネスデータ分析(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3ut0qDb
6/3(金)開講・6回〇デザイン思考のマーケティング(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3H3SAoc
7/15(金)開講・6回【アカウンティング】
○GAFAの経営を読み解く(ハイブリッド)
https://kae.me/3mw8MXx
5/27(金)開講・4回【人事・人材・キャリア】
〇ジョブ・クラフティング(ハイブリッド)
https://kae.me/3mxwpiq
6/13(月)開講・6回【リーダーシップ・マネジメント 】
〇オンライン時代のセルフ・チームマネジメント(オンライン)
https://kae.me/3oxKjSS
5/16(月)開講・4回〇プレ・マネジメント(ハイブリッド)
https://kae.me/3MylCzf
6/8(水)開講・3回〇リード・ザ・セルフ-リーダーシップの出発点(オンライン)
https://kae.me/3ppLNPQ
6/24(金)開講・4回〇成果と成長のリーダーシップ(ハイブリッド)
https://kae.me/3FxoREP
7/8(金)開講・6回【思考・意思決定】
〇デザイン×システム思考(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3xSeZUp
6/1(水)開講・6回【ビジネスコミュニケーション】
○戦略的交渉力(オンライン)
https://kae.me/34FLA3g
5/17(火)開講・6回〇理解と共感を生む説明力(ハイブリッド)
https://kae.me/3rURaat
6/13(月)開講・6回〇戦略的対話力(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3N66lWr
7/16(土)・23(土) 終日2回●agora
http://www.sekigaku-agora.net/〇古川周賢老大師と問う禅の智慧【無門関】(ハイブリッド)
https://kae.me/3u4AgZ8
5月28日(土)開講・6回〇平野昭さんと【系譜で読み解くクラシック音楽】(ハイブリッド)
https://kae.me/3tXPK0W
6月11日(土)開講・6回〇楠瀬誠志郎さんと響かせる【声のワークショップ】(丸の内キャンパス)
https://kae.me/35wSVTf
7月5日(火)開講・6回〇鏡リュウジさんと描く【占星術からの豊かなる世界】(丸の内キャンパス)
https://kae.me/3G5wErS
7月15日(金)開講・6回●夕学五十講
https://www.sekigaku.net/
全講演見逃し配信あり○5月17日(火)
本間 浩輔
Zホールディングス株式会社 シニアアドバイザー
株式会社パーソル総合研究所 取締役(社外)
https://kae.me/3nQQ25Z
「1on1再考 ~いま求められている組織と個のコミュニケーション~」○5月27日(金)
藤原 辰史
京都大学人文科学研究所 准教授
https://kae.me/3s8OlCe
「生産から分解へ ~土壇場の地球思想を求めて~」─────────────────────────────────
【編集後記】
5月号のてらこや、いかがでしたでしょうか。
「私の会社人生、これでいいのだろうか?」
ドキリとする問いのピックアップレポートに始まり、
「涙だけではなく、怒りとの出会い」を知った一冊、絵本で綴じました。先日agoraクラシック音楽で哲学講義を聞く機会がありました。
全体として難しかったのですが、すべてはわからなかっただけに響いた、
印象に残ったところがクリアに残って、いい学びの余韻を感じました。すぐ知りたい、検索ですぐわかる、すぐ理解できることに慣れ過ぎていて
求めすぎていたな、と、はっとしました。大人の学びとは?人生とは?
考え続けています。皆さんにともそのきっかけをご提供できましたら
嬉しいです。来月号もここでお目にかかります。(ゆかわ)
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慶應MCC通信 【てらこや】
■ 編集 :慶應丸の内シティキャンパス【てらこや】編集局
<terakoya@keiomcc.com>
■ 編集人:いまい・ゆかわ
■ 発行 :株式会社 慶應学術事業会
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