キャリア自律
「自分のキャリアを創る力」が
企業と個人にもたらすものとは
1. キャリアは「与えられるもの」から「自ら切り拓くものへ」
「キャリア自律」という言葉は、近年、ビジネスパーソンや人事関係者の間で急速に浸透しています。これは、従来のように企業が従業員のキャリアを決めるのではなく、個人が自らの価値観や志向性に基づいてキャリアを主体的に選び、築き上げていく姿勢と行動を指す概念です。これは単に転職を繰り返すことや、会社から独立することだけを意味しません。所属する組織内においても自身の強みや興味関心を深く理解し、学び続け、変化に適応しながら自己実現を目指すプロセス全体を包含する概念です。
慶應義塾大学名誉教授であり、キャリア研究の第一人者である花田光世氏は、キャリア自律を「過去・現在・将来に渡り「自分らしさ」、「他者との違い」をスキル/Jobビジネス、組織内マネジメント、ライフスタイルといった様々な対象に向けて、発見し・構築し・表現しつづける一連のプロセス」と述べています。同時に花田氏は、キャリア自律を「組織への依存からの脱却」だけでなく、「組織との協働」と捉えることの重要性も指摘しています。つまり、個人が自律的にキャリアを形成していく中で、組織との良好な関係を築き、相互に成長し合える関係性を構築することこそが、真のキャリア自律であるという視点です。
また、個人主導のキャリア開発や組織の人材育成研究、コンサルティングに従事している高橋俊介氏は、21世紀のキャリアは「到達するもの」ではなく「継続するもの」であり、キャリア形成には変化に対応しながら自分らしいキャリアを生涯にわたり築こうとし続ける「キャリア自律」が必要であると述べています。この考え方もまた、単なる転職やスキルアップの奨励ではなく、むしろ、職場にとどまりながら働くことに意義を見出し、自らの方向性を定め、組織と対話しながら成長していく姿勢に重点が置かれています。
キャリア自律は自己中心的なキャリア形成を推奨するものではありません。組織に貢献し続けることで、結果として個人と組織双方の持続的な成長を促すための重要な視点であると言えるでしょう。
2. キャリア自律が注目される背景
2-1終身雇用制度の揺らぎと雇用の不確実性
戦後長らくは、企業が長期雇用と引き換えにキャリア形成を支援する、いわゆる「日本型雇用モデル」という仕組みが機能していました、しかし少子高齢化、グローバル競争、テクノロジーの進展などにより、企業を取り巻く環境は激変しています。
企業は競争力を維持するために、常に組織構造を見直し、柔軟な人材配置を行う必要に迫られています。終身雇用制度は限界を迎え、45歳以上を対象とした早期退職制度の導入など、安定したキャリアパスはもはや保証されていません。これにより、個人はいつ自身の役割が変化したり、組織を離れることになったりしても、自ら次のキャリアパスを切り拓く能力が求められるようになりました。
2-2職業能力開発促進法の改正
一方、組織に対しては、2016年4月に職業能力開発促進法が改正され、新たなキャリア開発の基本の姿が提示されました。従来の企業主導の教育訓練に加え、従業員の自発的な能力開発にも責任を負って支援を行わなければならないこと、その支援の中核にキャリアコンサルタントが位置づけられるという新たな構図が生まれました。
単なる技能訓練ではなく、人生設計・職業選択・学び直しを支援する法的基盤ができたことで、組織は個人へのキャリア支援への取り組みを促進し、個人は「キャリアを会社に預ける」のではなく、「自ら考え、選択し、創る」ことが求められるようになったのです。
◆MCCマガジン ピックアップレポート
花田 光世「キャリア開発の新展開 改正職業能力開発促進法のキャリア自律に与える影響」
2-3テクノロジーの進化とビジネスモデルの変化
AI、IoT、ビッグデータなどの技術革新は、多くの産業において既存のビジネスモデルを破壊し、新たな価値創造を促しています。これにより、求められるスキルや知識は日々変化し、個人は常に学び続け、自身の専門性をアップデートしていく必要に迫られています。過去の経験や成功体験だけでは通用しない時代において、自ら学びの機会を探し、スキルを習得していく「学習する個人」としての姿勢が不可欠です。
2-4>働き方の多様化と個人の価値観の変化
テレワークの普及、副業の解禁、ジョブ型雇用の導入など、働き方そのものも大きく変化しています。特にZ世代を中心とした若年層では、「自分らしく働きたい」「仕事に意味を感じたい」といった価値観が強く、報酬や肩書きよりも成長ややりがいを重視する傾向が見られます。
このような価値観の変化は、企業にとっても新たな人材マネジメントの課題となっており、「キャリア自律」を支援する体制整備が不可欠です。
3. 個人の視点:ワークエンゲージメントとキャリア自律
キャリア自律を語る上で欠かせないのが「ワークエンゲージメント」の概念です。ワークエンゲージメントとは、仕事に対する熱意・活力・没頭の3つの心理が揃っている前向きで充実した心理状態のことを指します。キャリア自律を実践している個人は、自らの価値観や強みに基づいて仕事に取り組むため、業務への没入感が高まり、結果として高いパフォーマンスを発揮し、組織全体の活性化、成果へと好循環が生まれると言われています。
ただし、花田氏はワークエンゲージメントについて、ワークではなくキャリアエンゲージメント、つまり長期にわたって個人がキャリアの充実や成長を感じるといった気持ちを持てるように仕事と関わっていくことが大切であり、そのためには個人は自分の成長を自分で考え、人事の役割はそのような個人を支援することが大切だとも述べています。
◆MCCマガジン ピックアップレポート
石山 恒貴・花田 光世 対談「ワークエンゲージメントから キャリアエンゲージメントへ」
高橋氏は、キャリア自律をすすめるには主体的な3つの学びの必要性を具体的に述べています。1つ目は今の仕事に問題意識を持ってレベルアップを図る「短期的・合目的的な学び」、2つ目は一生勉強するものだと自覚して継続する「中長期的に専門性を深める学び」、最後に普遍性の高い「リベラルアーツ」です。
◆MCCマガジン ピックアップレポート
高橋 俊介「自律的なキャリア形成が組織も個人も強くする」
4. 組織の視点:人材マネジメントとキャリア自律
個人のキャリア自律は、企業にとっても非常に重要な経営戦略の一つです。変化の激しい現代において、企業が持続的に成長していくためには、社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体の生産性を向上させることが不可欠です。そこで、人材マネジメント戦略の中にキャリア自律の支援を組み込むことは、組織全体のパフォーマンスや持続的成長、競争力強化に直結します。
花田氏は、キャリア支援を組織文化として根付かせることの重要性を指摘し、「キャリア自律を促す環境を企業が整備することで、個人の成長が組織の競争力につながる」と述べています。
社員一人ひとりが自らのキャリアに責任を持ち、それを組織が支援する――この双方向の関係こそが、現代における健全な人材マネジメントのあり方と言えるでしょう。
また、キャリア自律を支援することで、離職率の低下や組織コミットメントの向上といった副次的な効果も期待できます。特に若手人材においては、「成長機会の有無」が定着率を大きく左右するため、研修・学びの環境整備は経営課題でもあります。
5. 慶應MCCが考える「キャリア自律のための学び」
慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)では組織と個人の双方に対してキャリア自律を支援する学びの機会を提供しています。ビジネスコアプログラム、先端・専門プログラム、agoraから構成される各種プログラムは、ビジネスの原理原則から、先端知の探索、リベラルアーツまで幅広いテーマが揃っています。いずれも一方的な知識の提供ではなく、参加者一人ひとりの主体的な学び、思考、行動を促すことでキャリア自律を支援しています。
◆慶應MCCのコンセプト
慶應MCCの考える学びとは
◆ビジネスコアプログラム
すべての社会人に必須の経営知識とスキルを学ぶ
◆先端・専門プログラム
経営環境の変化や課題の複雑化に立ち向うための専門性を高める
◆agora
リベラルアーツを学ぶ
◆夕学講演会
時代の潮流と深層を読み解く
◆クロシング
自ら学び、考える習慣をつけるオンデマンド動画学習サービス
6. キャリア自律を支援するプログラム
慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)では組織と個人の双方に対してキャリア自律を支援する学びの機会を提供しています。ビジネスコアプログラム、先端・専門プログラム、agoraから構成される各種プログラムは、ビジネスの原理原則から、先端知の探索、リベラルアーツまで幅広いテーマが揃っています。いずれも一方的な知識の提供ではなく、参加者一人ひとりの主体的な学び、思考、行動を促すことでキャリア自律を支援しています。
キャリアアドバイザー養成講座
個人のキャリア自律をベースにキャリア開発・形成支援を中心として行いながら、企業戦略や組織・人事システムと自律型キャリアデザインシステムの融合と相互補完活動を担う、従来にない組織内プロフェッショナル「キャリアアドバイザー」を育成することを目指します。<アドバンス>コースでは対個人、対組織の両面において、より専門的なアプローチ方法を習得し、「キャリアアドバイザー」としての知見と専門性を高めます。「組織版キャリアコンサルティング指導者育成プログラム」では、キャリアアドバイザーの活動をしている方を対象に、指導者の育成を目指します。
ジョブ・クラフティング
ジョブ・クラフティングとは自身の価値観と軸を理解し、個人が主体的に自らの仕事を再創造してやりがいを高めていく考え方です。現場調査結果を踏まえた科学的なアプローチで、これまでの仕事経験を問い直し、自ら仕事を意味づけ、再創造し、自身の仕事人生を幸せに生きるためのジョブ・クラフティング論を学び実践します。
組織開発論 -その理論と実践-
組織開発とは、職場や組織のパフォーマンス向上を目的としたさまざまな働きかけです。仕事の個業化、個人の価値観や働き方の多様化などによって、チーム組織の求心力低下が重要な課題になっている今、職場組織を活性化する取り組みとして注目されています。「組織開発論 -その理論と実践-」プログラムでは組織開発を理論から手法まで体系立てて学び、手法の実習や対話で実行力を高め、組織開発実践者(チェンジエージェント)としての自己成長に取り組みます。
自己育成力を高めるリフレクション実践
リフレクションとは、経験を俯瞰し、本質的な気づきを得て次の行動に活かすプロセスです。不確実性の中で成果を上げ、キャリアを舵取りする際に欠かせない「リフレクション」の方法論を学びます。
成果と成長のリーダーシップ
リーダーシップの基本理論を学ぶとともに、多面的な視点から組織のマネジメント、モチベーションの源泉、自身のリーダーシップスタイルと、自分らしさを生かしたリーダーシップの発揮を探索します。
カスタマイズ型研修・派遣プログラム
企業ごとの課題に応じて、慶應MCCの講師陣によるプログラムを設計するサービスです。次世代リーダーの育成、ミドル層のキャリア再設計、女性社員のキャリア支援など、さまざまなテーマに対応可能です。
7. おわりに
激変する現代社会において、キャリア自律は、個人が主体的に人生を切り拓き、自己実現を果たすための「羅針盤」であり、同時に企業が持続的に成長し、競争優位性を確立するための重要な「経営戦略」です。
一方、企業は社員のキャリア自律を積極的に支援することで、社員のモチベーション向上、人材の定着、組織の活性化、そして変化への適応能力の強化といった多岐にわたるメリットを享受することができます。キャリア自律支援は、単なる福利厚生ではなく、企業の人材戦略の根幹をなすものと言えるでしょう。
慶應MCCは、個人と組織双方の成長を支援し、持続可能な社会の実現に貢献してまいります。
キャリア自律について深く学びたい方、社員のキャリア自律支援に関心のある企業のご担当者様は、ぜひ慶應MCCのウェブサイトをご覧いただくか、お気軽にお問い合わせください。