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ピックアップレポート

2021年10月12日

田口 佳史「人新世じんしんせい」の時代に ―「東洋思想」からの提言〔その3〕

田口佳史
東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役会長

〔その2〕を読む

「人新世」気候変動に関する各種データを読み込んで、真っ先に感じるのは、その多くが「産業革命」以降に悪化の数値が飛躍的に増加していることだ。これは明らかに「近代西洋思想」がその淵源であることを表しているのではないか。
ではその近代西洋思想のどの様な考え方がいま是正されるべきものとして指摘すべきことなのか。
近代西洋思想を代表する言葉を一つ上げろといわれれば、近世哲学の祖といわれるデカルト(Rene(,) Descartes)が「方法序説」(Discours de la me(,)thode)で述べた「われ思う、ゆえにわれあり」(Cogito ergo sum)であろう。
あらゆることすべてを懐疑し否定すると、否定されないものが残る。それが考えている自分、考えている自分の存在は疑えない」というのである。ここから近代社会が出発したといっても良いだろう。

しかし、東洋思想からいえば、重大な問題を指摘せざるをえない。
自分、すなわち私を唯一確証できるものとすることは、自分以外の存在と区分し分離してしまうことになる。つまり「自他分離」の考え方が生まれてしまうのではないか。
自分と他の存在と分離して考えることは、いい換えれば、自分を主、他を客と考えることになり、「主客分離」の価値観が生まれてしまうことになる。
それは、自分第一、自分優先となり、他は単なる自分を支える存在と見るようになる。そうなれば、自分以外の生きとし生きるものを尊重するなどの考え方は薄くなり、やがて自分の生存の為には犠牲になってもしょうがないものと思うようになる。

今日、地球温暖化を始めとする地球環境の破壊的行為の原点には、自分の利益の為、自分の欲望を満足させる為には、それにより破壊される自然環境や他の生物の絶滅などは考慮する必要がないという態度や行為が見られる。この自分第一、自分優先の考え方の原点には、自分が主で他は自分を支えるもの客であるという「主客分離」の考え方があり、そのまた大元(おおもと)には「自他分離」の思想があるのではないだろうか。

東洋思想は「自他非分離」の思想であり、他者が存在しているから自分が存在することが可能なのだ。他者を斬り捨ててしまえば、やがて自分も存在できなくなると考える。
更に「主客非分離」であるから、この世の生きとし生ける者は、どれ一つ欠けても全体が成り立たなくなると考える。仏教でいえば、阿弥陀如来の前では、万人万物平等であるとする。そして「草木国土悉皆成仏」として、自然の草木は勿論、山や川、森や海も皆生きものなのだという考え方をしているのだ。生きものということは生命(いのち)を持っているということだ。
そこには多くの生物との共生、多くの自然との共存の考え方があり、だからこそ我々人間は生を保つことができていると考える。

以上少々触れただけでも、東洋思想には、直面する地球や自然の危機を回避し、解消に向かわせる知慧が溢れている。
直面する地球や自然の危機の為に何が不可欠なのだろうか。私は地球上の多くの人々の価値観と暮し方(ライフスタイル)の変更が決め手と考える。そしてその為には、考え方、思想哲学を変えなければならないと主張している。
その為にこそ東洋思想を役立ててもらいたい。

〔私の立つところ〕

いま、地球及びそこで暮らす全生物は、歴史的な存続の危機に直面している。
この危機を回避し、解消する一助として「東洋思想」の知見を提供するものである。

この危機の発端に、「近代西洋思想」に対する過度の信頼と行き過ぎた欲望の追求による弊害を認めざるを得ない。地球と自然環境に対する過剰な負荷の始まりは、産業革命以降であることは、多くの統計が立証している。

私の言う東洋思想とは、「儒教・仏教・道教・禅・神道」、我が国日本に8世紀以上の長きにわたって蓄積されてきた知的資源のことである。

一刻も早く地球上の人々が、この東洋思想の知見を取り入れ、近代西洋思想一点張りの思考と行動を是正し、転換してくださることを念願とするものである。

私は飽くまでも、東洋思想を探究してきた者である。しかし、東洋思想を讃美し称賛しようとするものではない。況(いわ)んや押し付けるものでは全くない。
一方、近代西洋思想を批判し非難しようなどという気も全くない。
私は何よりも、「東洋と西洋の知の融合」を標榜し、その社会的実現を強く念願とするものである。

この場合の東洋と西洋といっているのは、地域的場所的なことを指しているのではない。東洋と呼ばれる地域の人々でも、近代西洋思想の信奉者は多勢いる。また西洋にも東洋思想を愛する人は多くいることだろう。
私がいっているのは信条とする思想哲学のことである。
同じ一つの地球上に住む人間が、差別し合い、対立し合い、闘争し、戦争にまでなって、互いに殺し合うことなど、絶対にあってはならないと祈願する。その心こそが、「東洋思想と西洋思想が持てる叡智(えいち)を出し合って、心の融合を進めること」の源泉である。

グローバルとは何か。
それは球体、地球を意味するグローブからきている。東洋と西洋二つの半球が一体となって初めてグローブになる。両者は実に最適な相互補完関係にあるパートナーなのだ。
これまで数世紀に渡って、西洋思想に地球の指針を務めて貰ったわけだが、21世紀からは、東洋と西洋両者の知慧を出し合って務めていこう。
では早速、東洋思想の提言を語りはじめよう。

〔その1〕を読む
〔その2〕を読む

田口佳史(たぐち・よしふみ)
田口佳史

  • 東洋思想研究家、株式会社イメージプラン代表取締役会長
1942年東京生まれ。新進の記録映画監督として活躍中、25歳の時タイ国バンコク市郊外で重傷を負い、生死の境で『老子』と出会う。奇跡的に生還し、以降中国古典思想研究四十数年。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者。企業、官公庁、地方自治体、教育機関など全国各地で講演講義を続け、1万名を越える社会人教育の実績がある。 1998年に老荘思想的経営論「タオ・マネジメント」を発表、米国でも英語版が発刊され、東洋思想と西洋先端技法との融合による新しい経営思想として注目される。

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