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『就活「後ろ倒し」の衝撃』

2015年08月11日

就活「後ろ倒し」の衝撃

曽和利光; 出版社:東洋経済新報社; 発行年月:2014年9月; 本体価格:1,404円

『いやーほんと、今年は長いよ。全然終わらない。』

先日、新橋の居酒屋で友人と飲んでいたときのことです。ふと、今年の採用活動に話題が及んだ時のことでした。 
私は3年前まで別の会社に勤めていたのですが、当時リクルーターという形で採用活動に携わっていました。私の退職後にその役目を引き継いでくれたこの友人の愚痴を、それから30分間たっぷり聴く羽目になったのです。

彼の話のほとんどは、今年の採用活動への不満でした。
私がリクルーターを務めていた頃は、毎年2月~3月に学生と面談を行い、「これは!」と思う学生を人事に上げてしまえば、あとは内定を勝ちとった学生を飲みに連れて行くだけの、実質2ヶ月弱のお役目でした。

とはいえ、リクルーターは普段の業務に+αで行うものです。土日に面談をする機会も多く、年度末の多忙な時期とも重なるせいで、業務のやりくりがとても大変だったことを覚えています。
ところが、今年は彼がリクルーターとして活動する期間が約4カ月に延びるというのです。たった2カ月弱でも大きな負担だった採用活動が、倍以上の長さになるというのですから、愚痴をこぼしたくなる気持ちもわかります。

こうした変化は、私の古巣でだけ起きているわけではありません。今年の採用活動は昨年までと大きく変化しており、多くの企業が何らかの対応を迫られています。
今回お薦めするこの本には、今年の就職活動に起きている変化の内容と、その影響が非常にわかりやすく書かれています。

【「リクナビ」登場以来、最大の変化が始まった】これは、この本の表紙に使われているキャッチコピーです。このコピーが示す通り、現在行われている2016年新卒者採用は、企業と学生双方にとって、衝撃的な変化を迎えました。

この変化の原因は、日本経済団体連合会(経団連)の定めた「指針」にあります。経団連は安倍政権からの要請を受ける形で、2013年に企業の就職・採用活動ルールを定めたこれまでの「倫理憲章」を、より明確な「指針」へと改め、2016年以降の新卒者採用活動解禁を繰り下げる決定をしました。
この「指針」により、経団連所属企業を中心に、今年から採用活動の開始時期がそれぞれ3カ月~4カ月繰り下げられています。 
それだけ聞くと、「少し時期がずれるだけじゃないか」と思ってしまいますが、著者はこの後ろ倒しの影響は大きく、就職活動が再びクローズド化すると訴えます。

この本のコピーにもある通り、リクナビをはじめとする就職支援サイトの登場は、就職活動をクローズドなものから、オープンなものへと大きく変化させました。

かつての就職活動はリクルーターによる採用が中心でした。その為、リクルーターから声のかからない学生は、意中の企業に資料請求のはがきを送り、あとはひたすら連絡が来るのを待つのみという非常にクローズドなシステムとなっていました。

しかし、2000年代に入り就職支援サイトが登場したことで、そんな就職活動のあり方は一変します。
就職支援サイトを介して、学生が希望の会社に自由に応募できるようになったことで、就職活動は現在のようなオープンなシステムへと変化していきました。
就職支援サイトの功罪については様々な議論がありますが、企業のオープンな採用活動を促し、多くの学生にチャンスを拡げた点については、大きな功績だったと思います。

今回、就職活動の時期が後ろ倒しされたからといって、これらの就職支援サイトが無くなるわけではありません。それなのに、なぜ就職活動のあり方に関わるような大きな影響が出てしまうのでしょうか。

その理由は、この「指針」があくまでも経団連のルールであることによります。経団連に所属していない外資系企業やベンチャー企業は、このルールに縛られないために従来のスケジュールで採用活動を行えます。

著者は、そうした企業に対抗するため、経団連の所属企業でも水面下の採用活動に取り組む動きが強まると予想しており、その具体的な方法の1つにリクルーターの強化を挙げています。
冒頭の友人の話も、こうした影響を受けてのものでした。表向きの選考時期は後ろ倒しされましたが、リクルーターとして学生に接触を開始する時期は変わらない為に、学生の面談やフォローをする期間が長期化していたのです。

企業としては、他社に遅れを取らないためのやむを得ない対応にも思えます。しかし、このような動きが強まれば、オープンな採用活動は難しくなります。企業の軸足が、後ろ倒しされた公式の活動よりも、早くから学生に接触できる水面下の活動に傾いていってしまうからです。

しかし、このような他社に遅れをとらない為だけに行う採用活動は、企業にとっても学生にとってもデメリットが目立つものです。

水面下での採用活動は、企業の採用コストの増大や、担当する社員の負担増に繋がります。また学生にとっても、クローズド化した採用の中では多くの学生にとってチャンスが減ってしまいますし、なにより、就職活動期間が長期化する恐れがあります。

この新しい就職活動の形は今年始まったばかりですので、企業も学生も手探りで進んでいるのが実情かと思います。しかし、そうした大きな変化の真っ直中にあるからこそ、横並びやこれまでの慣習に囚われず、じっくりと自社の採用のあり方を考えていかなければならないのではないでしょうか。

この秋、慶應MCCでは企業の採用活動の課題に対し、科学的なアプローチから解決を助ける『採用イノベーション論』プログラムを新しく開講します。

講師は横浜国立大学大学院の服部泰宏先生。神戸大学で金井壽宏先生に教えを受け、日本の採用活動に科学的な知見を取り入れようと「採用学」の確立に奔走されている、今注目の先生です。

このプログラムでは、採用活動を「募集」「選抜」「社会化」の3つのフェーズに分けて、ロジックとエビデンスに基づいた、科学的な知見から採用活動を考えます。最新の研究成果とデータから得られる知見を活用することで、活動内容の見直し、効率化、ひいては活動成果につながる知識と気づきを提供します。

加えて、ライフネット生命・田辺三菱製薬・三幸製菓など、先進的な採用活動に取り組んでいる企業の人事担当者のゲスト講演を予定しています。一件奇抜にも見える先進的な取り組みの根底に、どのようなロジック、ストーリーがあるのかを探ります。採用活動を企画・運営される立場の方に、この秋ぜひお薦めしたい講座です。

就職活動は、今まさに激動の時代を迎えています。しかし、どのような変化があっても、就職活動が学生にとって社会に漕ぎ出す最初の一歩であり、企業にとって次代を担う人材を探すための大切な時間であることに変わりはありません。この時間をお互いにとってより良いものにしていく為に、プログラムを通じて一つのきっかけを提供できれば幸いです。

(石井雄輝)

就活「後ろ倒し」の衝撃』(東洋経済新報社)

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